人生において「仕事」に割く時間は長い。
一日のうち、週のうち、一年のうち、人生においても、
仕事の時間が多くを占めてしまうのは、仕方のないことだろう。
僕は、今もこれからも、やりたいことがたくさんある。
ならば、そのやりたいことを「仕事」にしていくことはできないだろうか。
一日のうち、週のうち、一年のうち、人生においても、
仕事の時間が多くを占めてしまうのは、仕方のないことだろう。
僕は、今もこれからも、やりたいことがたくさんある。
ならば、そのやりたいことを「仕事」にしていくことはできないだろうか。
そもそも「仕事」とはなんだろうか。
自分の何が人の役に立てるのだろうか。
自分の何が人の役に立てるのだろうか。
今思えば、社会人になって勤めはじめてから、自分でお店をはじめるにいたっても、
自分を成長させるため、自分を奮い立たせるためと、自分のために働いていたのかもしれない。
今となって「自分の何が人の役に立てるのだろうか」とあらためて考えはじめたなんて、
もしかしたら、お客様に対してなんとも失礼な店をしてきたのかもしれないとも思う。
もしかしたら、お客様に対してなんとも失礼な店をしてきたのかもしれないとも思う。
しかしながら、自分のため、自分を成長させるためと通り組んできた仕事で、
これまで得たこと、自分にできることは確実に増えた。
それには、これまで出会って、バイクの楽しさを教えてくれた方々、
これまで信頼してバイクを預けていただいた方々への感謝しかない。
これまで得たこと、自分にできることは確実に増えた。
それには、これまで出会って、バイクの楽しさを教えてくれた方々、
これまで信頼してバイクを預けていただいた方々への感謝しかない。
こうしてこれまでの経験で得てきたことを共有していくことが、
僕がいま「仕事」として、人の役に立てることなのではないだろうか。
僕がいま「仕事」として、人の役に立てることなのではないだろうか。
これまでに自分が得た知識や経験を、自分の中に仕舞わないで、どんどん共有していく。
さらに新しいことに挑戦していって、得たものをまた共有していく。
もうひとつこれからの「仕事」を考えたとき、
たとえば5年後はどうしていたいだろうと考えたとき、
1人ではなく、いろんな人と関わりながら仕事したいと、まず頭に浮かんだ。
たとえば5年後はどうしていたいだろうと考えたとき、
1人ではなく、いろんな人と関わりながら仕事したいと、まず頭に浮かんだ。
いま、なんとなくだけれど、ぼんやり考えてモヤモヤっとしていたことに
少しずつ道筋が見えてきた気がするんです。
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